第27回関西大会プレビュー

ごあいさつ

 

 

 

大会運営委員長  小山 登  こやま のぼる

1941年11月6日大阪府に生まれる。現在大阪府吹田市在住。

1964年  立命館大学経済学部卒。1967年 日本で3番目のロックフィルダム工事に参加。

1975年  千島喜久雄先生(日本綜合医学会学会頭)・馬淵通夫先生(日本綜合医学会学会頭)・竹内義治先生(大阪府顧問)に師事し財団法人生活環境問題研究所(健康の森)を創設。理事就任。2015年  同上理事辞任。2016年  一般財団法人生きがい文化綜合研究所準備室。2015年一般社団法人豊中市日本中国友好協会理事・副会長2003年 全国健康むら21ネット代表就任2000年NPO法人日本綜合医学会理事就任。NPO法人街づくり支援協会理事長就任

 

『論語』の一節に、子貢問曰「有一言而可 以終身行之乎」

 子曰「其恕乎 己所不欲 而施於人」これは、孔子の弟子の子貢が尋ねた。「ただ一言で、一生行っていくものはありますか」孔子が答えて、「それは『恕』(じょ おもいやりの心)でしょう。自分がして欲しくないことを人にしてはいけない」という意味です。

  利便のみを追い求めて、結果今回の熊本地震、5年前の東日本地震等々人間の我欲(傲)がもたらしたと判断すべきでしょう。現在人間の脳力でもって処理の出来ないことを後世につけを回すことは許されません。利便を享受した者の責任として『負』の対応・対策に取り組みましょう

 

学会頭ご挨拶

       大会学会頭 日本綜合医学会副会長

        協和マリナホスピタル リハビリ科 健診科

                医学博士 福原 宏一

プロフィール 

ふくはらこういち

 昭和47年京都府立医科大学卒業。同大学の小児科に入局。49年国立舞鶴病院小児科勤務。50年京都府立医科大学小児科大学院に入学。54年医学博士学位取得。同年健康保険鞍馬口病院小児科勤務。56年京都府立医科大学小児科勤務。61年済生会京都府病院小児科勤務し、アレルギー疾患に対し食事、断食療法を行い5成果を上げる。平成元年サンスター社の産業医となり健康指導を行う。12年自宅開業。13年介護老人保健施設ケア・スポット梅津の施設長となり、入所中の老人に自然療法を施す。26年千里中央病院内科勤務。27年より協和会マリナホスピタル検診科、リハビリ科に勤務している。

 

 

 2011311日東日本大震災が発生し、その大津波のために福島原発の冷却装置の電源が破損して炉心融解という大事故が発生しました。津波の高さが想定を越えたものであったと言われても、それで納得できるはずもありません。また、たとえ原子炉の事故が起こっても丈夫な建屋で覆われているので大丈夫と言っていたのに、水素爆発でいとも簡単に建屋は吹き飛び、放射性物質で大気・大地・大海は汚染されました。原発の安全神話は木っ端微塵吹き飛んだことは誰の目にも明らかです。事故の正確な検証も深い反省もなく、関係者は誰一人その責任をとらず、原発は再開されましたが、それでいいのか深い疑念を覚えずにはいられません。

 

 そもそも原子力発電を行うと使用済み核燃料は放射性のゴミとなり、煮ても焼いても消失せずに存在し続け、その半減期は数万年であり、世代を越えて延々と冷却し続けねばなりません。深い穴を掘って埋めるという考えはありますが、地殻変動の可能性を考えると絶対安全という保証はどこにもありません。核のゴミの処理方法がないことを理由に原発を行わなかった国もあり、それが正しいありかたのはずです。

 

 政府は原発のより厳しい安全基準を定め、それを満たしているので安全であるとして原発を再開しましたが、一定の安全基準を満たせば絶対安全という保証はないことを福島原発事故は如実に人類に突きつけました。原発は安価に巨大なエネルギーが得られると言っても、ひとたび原発の大事故が発生するとその被害は甚大で、計り知れないほどの国費が必要となります。原発がすべて止まった時も停電は一度も起こらず、原発がなくてもやっていけることが証明されました。得られるエネルギーと危険性を天秤にかけた時、原発はあまりにも危険すぎるのです。私達はまず脱原発を実現させ、エネルギーに限らずすべての分野で持続可能なシステムの構築に努力を傾けねばなりません

 

講師紹介

「チェルノブイリに学ぶⅠー極低線量汚染地域でも健康障害が出ている」

 

NPO食品と暮らしの安全基金代表

小若順一こわかじゅんいち

 

1950年岡山県生まれ。元日本消費者連盟事務局員。1984年「日本子孫基金」設立。ポストハーベスト農薬の全容解明など食品の安全を守る活動家。2011年からウクライナの放射線被曝の健康調査開始し、「チェルノブイリ子供の痛みをなくすプロジェクト」(日本プロジェクト)に取り組む。著書に「食べるな、危険!」「食べ物から広がる耐性菌」「食べなきゃ、危険!」「食事でかかる新型栄養失調」など多数。

 

 

 

福島第一原発事故で、どんな人体影響は起きるのか、特に孫世代からの遺伝的影響を知るため、20122月からウクライナへ取材に行き始めた。

 5月の取材中に、足痛や頭痛の子があまりに多いことから、遺伝的影響ではないと気づき、「痛み」の調査に切り替えた。

 汚染地や、汚染地に近い地域では、頭痛や足痛の子が半分以上いた。そこで、汚染を減らして、治るかどうかを確認する調査に切り替えた。

 今年4月に安倍首相がウクライナを訪問したとき、ポロシェンコ大統領は安倍首相に謝辞を述べた。日本国の莫大な援助に対して大統領が謝辞を述べるのは当然である。だが、現地の新聞記者によれば、大統領は我われの「日本プロジェクト」に対しても謝辞を述べたが、大使館も外務省も安倍首相も、民間の活動成果に気づかなかった。そして、我われの援助申請をボツにして、次回の申請時に日本プロジェクトの成果を示すようメールが届いた。

 

「チェルノブイリに学ぶⅡ―健康障害の子供たちの治療」

 

 

 

血液循環療法協会会長・当学会理事 

大杉幸毅 おおすぎこうき

1949年岡山県生まれ。元農林技官。血液循環療法協会会長。血液循環療法専門学院・大杉治療院院長。手技療法一筋36年、療法の指導を通し「思いやりといたわり」のこころを広め、病人の少ない癒しの社会を目指し診療・療法指導と健康運動に活動中。著書に「シコリを解けば病気が治る」「血液循環健康法」「指1本で病気が治る押圧メソッド」「ひざの激痛が指1本で消えた!驚異のひざ押圧」「簡単血流アップ押圧で首痛が消える!!」など多数。

 

 

私は昨年、「食品と安全基金」の二ホンプロジェクトに招待されて子供たちの治療をしてきた。私が治療したのは、首が痛い、頭が痛い、ひざが痛い、足が痛いなどと訴える小学生から中学生の子供たちで、あまりにも数が多い。また、四肢麻痺(手足の運動麻痺)の男の子も2人、延べ30人以上の治療と教師、保護者に治療法のセミナーをした。

 1)血液循環療法セミナー

最初に、血液循環療法の理論と基本実技を簡単に説明したが半信半疑なので、「悪いところにはシコリがあり、その部の循環を良くすればすぐに痛みが取れる。」といって、実演をし目の前で治して拍手喝采だった。それから乗ってきた、、、。

  2)内部被ばく健康障害の子供たちの治療

ホテルで四肢麻痺のミーシャ君のお腹を診た。やはり予想通り臍部硬結があった。これは瘀血(おけつ)の腹症。ワジム君も同じだった。 ウクライナ国立歌劇場でバレー教師(舞台監督)その弟子で若手ソリスト(バレーコンクールで金賞5回受賞者)の治療をし治して感謝された。

 今回のツアーで判ったことは、放射線被曝が原因であっても「悪いところにはシコリがあり、血液循環療法が有効で、効果があった」ということだ。  福島で起こっている健康障害も「血液循環療法で対処」できるということだ。

 3)四肢麻痺のワジム君の治療

オルヴチ滞在中出来る限り治療し、朝は7時半から夜は7時から12回治療し(計9回治療)、しゃべり方もはっきり発音できるようになり、話す内容も10歳とは思えないくらい大人びたことを喋り、最後のインタビューでは両親に替わり「ここまで良くしてくれてありがとう。また、家まで買ってくれありがとう。おかげで、僕の部屋も出来るよ。」と言って、みんなを感動させ、私たちは涙ぐんだ。頭の働きも良くなったのだと実感した。

 

本部ご挨拶

 

日本綜合医学会理事長  回生眼科医院院長

 山口康三

 

NPO日本綜合医学会副会長・理事長・食養学院院長。血液循環療法協会顧問。回生眼科医院院長。日本眼科学会認定専門医。日本東洋医学会専門医。眼科医、漢方内科医として診療に携わるなかで、「食事」「運動(歩くこと)」「睡眠」「ストレスと心」の4つからなる「生活改善療法」を体系化、眼の病気や生活習慣病の治療を推進している。著書「白内障・緑内障が少食でよくなる」「ほんとうは治る防げる目の病気」「医者が教える正しい少食術」など多数。

 

  本日は関西大会開催に際しまして、本部から一言ご挨拶を述べさせて頂きます。

  現在東京電力福島第一原子力発電所では、廃炉に向けた作業が進んでいます。事故から5年余り、現在敷地内の放射線量を下げる取り組みが続けられていますが、原子炉のある建屋の内部はどんな状態になっているのか詳細は未だわかっていません。

核燃料デブリの取り出しが行われた後、ようやく建屋の解体に入るという予定で、廃炉が完成するのは早くても2051年ぐらいと言われています。

原発が稼働していなくても、電気の供給には不足していませんでした。さらには、この数年風力発電、太陽光発電が目覚ましく発展しています。米国では2015年、新たな発電投資の約75%は風力発電と太陽光発電が大部分を占める再生可能エネルギーに向けられています。

 国土の狭い日本は、その割に人口が多く廃棄物も大量に出るので、廃棄物を利用する微生物燃料電池は魅力のある新エネルギーと考えられています。

 さらに下水処理に発電菌を活用すれば、下水処理をしながら、同時に発電が出来てしまいます。下水処理に使用している電気の80%を削減できると試算されています。

 この大会を通して会員の皆様に原発のない健康社会を目指す重要性をお伝えしたいと考えております。そして世の中を変えるため、日本綜合医学会会員の増加に御協力を頂きたいと存じます。お一人お一人が真剣になれば世の中は必ず変えられるはずです。皆様と共に平和な日本の未来を築いていきたいと考えます。

 

「放射線被ばくと健康障害」―長寿命放射性元素体内取込み症候群―

北海道がんセンター名誉院長 

西尾 正道 にしおまさみち

 

1947年北海道生まれ。74年札幌医科大卒。同年国立札幌病院・北海道地方がんセンター放射線科勤務。04年独立行政法人国立病院機構・北海道がんセンター放射線診療部長08年院長、13年名誉院長、北海道医薬専門学校学校長。著書に『がん医療と放射線治療』『がんの放射線治療』『今、本当に受けたいがん治療』『放射線健康障害の真実』 『正直ながんのはなし』『被ばく列島』など。その他、医学領域の専門学術著書・論文多数。

 

  1938年に核分裂反応が発見され、まず核兵器が開発された。戦後は「原子力の平和利用」と称して原子力発電が開始された。しかしこうした科学技術が生み出す人工放射線の人間を含めた生物生態系への影響に関しては科学的な研究や分析は疎かにされ、核分裂反応を利用して利益を得る人達は国際的な「原子力マフィア」を形成し、人類の命と健康よりも多大な利益を優先する対応が続いている。講演では世界的に流布され、国内の諸法律の制定の根拠となっているICRP(国際放射線防護委員会)の疑似科学的物語や誤魔化しについて論じる。核産業の発展過程で放射線の健康被害のデータは蓄積しているが、深刻なものや影響を過少評価するために色々な問題が隠蔽されている。

 

文明社会の未来とフクシマ後の生き方

 

使い捨て時代を考える会 相談役 

 槌田 劭 つちだ たかし


1935年京都市生まれ。1958年京都大学理学部卒業。ピッツバーク大学留学。京都大学工学部助教授。1973年伊方原発訴訟に住民側証人として参加し敗訴後、科学技術そのものの社会でのあり方に疑問を持ち、1979年京都大学を辞職。京都精華大学教員(美術学部)。1973年使い捨て時代を考える会設立。1975年安全農産供給センター設立。有機農業運動及び環境運動に深く関わる。日本有機農業研究会幹事など歴任。著書に『脱原発・共生への道』『共生共貧 21世紀を生きる道』『地球をこわさない生き方の本』『工業社会の崩壊』『原発事故後の日本を生きるということ』(小出裕章・中島哲演・槌田劭)など多数。

 

 

    未来の社会と科学の力への夢

          1941 太平洋戦争 科学総力戦

         1945 敗戦 「欲しがりません 勝つまでは」→貧困と飢え

                      ヒロシマ・ナガサキ被曝 敗戦

          1949 マンガ「ブロンディ」/ 湯川秀樹のノーベル賞と「科学の力」

           1953 “atoms for peace

     科学の進歩----放射能の危険と科学技術への疑問

        1954 ビキニ水爆実験-原水禁運動-科学技術への疑問、

                      原子力研究3原則(自主民主公開)

           1956 宇治原子炉(茶業者など地元反対で挫折)

           196870 大学紛争

           1973 使い捨て時代を考える会

           197578 伊方原発訴訟

           1978 住民側敗訴-------1979 京大辞職 / 科学者をやめる

          1979 スリーマイル島原発事故

         1986 チェルノブイリ原発事故

          2011 福島原発事故

     福島原発事故と被災に学んで

        311日 福井県越前市 (敦賀から10K 日本有機農業大会) で眠れぬ夜に考えたこと

        福島の現実を直視 (無責任な東電と被災者の苦難---避難できぬ人々と子供たち / 土と共に生きる農民たち / 避難の支援と原子力ム      ラの責任追及 / 脱原発へ)

     科学技術の挫折ともの豊かな生活への幻想からの脱却を

          無人の町に「原子力 明るい未来の エネルギー」の看板

         経済成長の壁と激突の悲劇 / 回避の可能性を求めて

        共生共貧---有機農業的くらし / 天与の資源大国・日本の風土に感謝して

        いのちの強さとすばらしさに確信して、自然なくらしと健康への道を。